カケラを残す

思ったことを気ままにつらつらと。

バス停

 

 

教育実習2週目。

 

20名弱の2週間組の実習生が合流した。

 

そこで、これだけの実習生がいるわけだから当然かもしれないが、実習生の中で学級委員のようなものを作ることになった。

 

当初からその話は出ていて、2週間組の誰かにしてもらえば良いか、と3週間組の8人では密かに目論んでいたけれど、やはり3週間組の中から選出したほうが良いのでは?という方向に変わった。

 

というのも、実習担当の先生がものすっごく厳しい先生で、私たち3週間組は最初の1週間でその先生の求めている実習生像にならざるを得ないことを悟っており、何にも知らない2週間組の誰かに任せるより私たち3週間組から選出したほうが面倒事がなくて良い、という話になったからだ。

 

委員には、男女1名ずつを選出することとなった。

 

3週間組の8人の男女比は綺麗に1:1。

つまり、男性4名女性4名だった。

 

私は、こういった面倒な役目はしたくなかったのだが、生憎その実習担当の先生に気に入られていたのでほかの実習生に推されて受け入れざるを得なくなった。

 

まあ、残り2週間だし良いやと思った。

 

が、なんと男性の方は、あの苦手な彼が選ばれてしまった。

 

この時、またしても私は「うわ… まじか… 最悪だ…」と思ったものだ。

 

 

 

そうして委員が決まったのは良いが、気がつけば男子委員の彼がいない。

 

あれ?先生に報告に行こうと思ったのに…。

あとで一緒に行けば良いか。

 

と軽く考えて、その日を過ごした。

 

そもそも彼は学習室にはあまり寄らないのでその日はなかなか彼と会えず過ごし、昼休みに戻ってきた時に「先生に報告に行こう」と声をかけた。

 

 

「え、俺もう行ったよ」

 

 

は?

 

その時は「あ、そうなんだ?じゃあ私今から行ってくる」としか言わなかったが、心の中ではモヤモヤしていた。

やっぱり苦手だなとも思った。

 

委員は2人とも同時に決まったんだし一緒に報告に行くのが当然だと思っていた私は、私に声もかけずに一人で勝手に報告に行ったという彼の心理が全く理解できなかった。

 

なぜ声をかけてくれなかったのか。

普通、声かけるよね?と少し怒ってもいたと思う。

 

これについては未だになぜなのか分からないままである。

 

 

 

 

そんな風にして実習を過ごし、遂に最終日。

 

委員になってからも、彼とはほとんど会話を交わすことなく最終日まで来た。

 

やっと終わる… と思った。

 

その日、実習生だけで打ち上げをした。

 

大人数なのもあって、1軒目の居酒屋さんでは近くの席の人としか話すことが出来なかった。

 

そして、実習生の1人の女の子が酔っ払いすぎてしまい、委員としての責任感からか、その子のお世話に徹していたためにアルコール度数の低いカクテルを3杯ほどしか飲めないまま席の時間が来てしまった。

 

そこで半分ほどがそのまま帰宅したが、私としては全く飲み足りなかったので2軒目にも行くことに。

 

更に半分ほどが終電の時間だからと帰って行き、最後に残ったのは5人だった。

 

そこに、彼も居た。

そして気がつけば隣に座っていた。

 

5人になってから、かなりのペースでワインや日本酒、焼酎などを飲んだので私はかなり酔っ払っていた。

 

そもそも、日本酒、焼酎なんかを飲んだのは恐らくこの時が初めてだったように思う。

 

5人のうちの1人の女の子は酔っ払って寝てしまい、残りの2人の男の子が「クラブに行きたい」と言い出した。

 

私はクラブなんかには行ったことがなく、どんな所なのかもあまりよく知らなかったので承諾して5人でクラブへ行くことになった。

 

先に断っておくと、実習が終わったあとなので当然だか5人ともスーツである。

 

そしてお金を払って扉の向こうに入った途端、私は「来ちゃいけないところに来た」と感じた。

 

突然スッと我に返った感じがした。

 

「スーツだ」と囁かれるような声も聞こえ、なんだかものすごく見られているような気がして、怖くなった。

 

するとあの苦手な彼が私の手で自分の腕を掴ませ、

 

「俺の腕を掴んどいて。絶対離れるなよ」と。

 

酔っていたし初めての世界に足を踏み入れて怖かったので、とりあえず彼の言う通りにしていた。

 

お酒も与えられたのでとりあえず飲んでいると、彼に取り上げられた。

 

「飲まなくて良いから。もう飲まない方が良い」

 

 

 

 

クラブにはこの時に行ったのが最初で最後なので分からないが、私はクラブで流れているあの手の音楽が苦手なようで、だんだん疲れてきてしまった。

 

ズンズンと心臓に響くようなあの重低音が自分を蝕んでいるような感覚にフラフラし始めてしまい、彼と2人で少し休憩することになった。

 

ほかの3人は楽しんでいたようなので、女の子のことも置いてきぼりにして、荷物を預けているロッカーのところにしゃがみ込んだ。

 

「大丈夫?こんなところ来たことないでしょ?」

 

「ないよ… ごめんね、私のせいで楽しめないでしょ…」

 

「いや、俺も実はこういうお店苦手だから」

 

えっ!そうなの?

 

彼のような体育会系のガタイの良い男の人はみんなこういうお店が好きなのだと勝手に思い込んでいて、だからその言葉に心底驚いた。

 

今思うと偏見が過ぎるけれど、その言葉も本当は私のためについてくれた嘘なのかも?とも思った。

 

少し休んでまた戻ったが、やはり少しするとまた疲れてきたので、彼と2人でクラブを出ることにした。

 

既に2時を回っており、それから行けるお店はなく、タクシーを使うようなお金もなく、3人が出てくるまで近くのバス停のベンチに腰掛けることにした。

 

彼からは、「カラオケに行けば寝られるよ」「2人で同じ部屋にいるのが不安なら別の部屋にしてもらえば良いし」「ここにいるよりは落ち着けるよ」と仕切りに言われ続けた。

 

それでも、私はそのまま外の風に当たっていたくてバス停を選んだ。

 

彼からすれば良い迷惑だったと思う。

 

クラブがあるような通りだから、女の子を狙っているような男の人がたくさんいた。

 

そういう人が私を襲ってきたり連れ去ったりしないかと見張ってないといけないと彼は思っていたらしい。

 

それは大変な迷惑をかけたなと後になって思った。

 

 

 

バス停では、色んな話をした。

 

恐らく、この時初めてようやくきちんと会話を交わしたと思う。

 

就職の話、大学での専攻の話、バイトの話…

 

途中で、彼から「彼氏は?いるの?」と聞かれた。

 

彼氏なんてもう何年もいなかったので、私は素直に「いないよ」と答えたが、なぜか彼は「え、申し訳ないなぁ」と言い出した。

 

申し訳ない…?誰に…?

 

と不思議に思っていると、「こんな時間まで、しかも男と2人きりなんて彼氏さんに申し訳ない」と言葉を継ぎ足された。

 

彼氏はいないと答えたはずなのに、いると聞こえたのだろうか?

 

勘違いされたままなのも嫌なのできちんと訂正した。

 

この時、彼の方にも彼女がいるのか聞いておけば良かったのだが、例によって自己肯定感の低い私は、俺に気があるのか?このブスが?気持ち悪いな、などと思われるのが嫌で何も聞かなかった。

 

だけど、きっといるんだろうなとは思っていた。

 

顔も整っているし、女子の好きなマッチョだし、勉強もできるし、意外に優しい所もある。

 

彼女がいないほうがおかしいな、と思った。

 

でも、そんなことは自分には関係ないなとも思っていた。

 

どうせ今日限りの関係だし、今後同窓会で会ったら挨拶をする程度の関係になるかならないかという本当に薄い繋がりだから、と。

 

 

しばらくして3人がクラブから出てきて、5人で交通機関の始発を待って解散した。

 

こうして、私の教育実習は幕を閉じた。

 

 

 

辺りはすっかり朝になっていた。